野口 小蘋 野口小蘋 四君子 紙本墨画淡彩 掛軸 玉山女史 絵画 野口 小蘋 野口小蘋 四君子 紙本墨画淡彩 掛軸 玉山女史 絵画 - メルカリ
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商品説明










小蘋の若かりし頃の作品、小蘋と名乗る前の非常にレアなモノとなります。乙丑戌月1865年9月 『玉』『山』連珠印全長 約192.5cm幅 約43.6cm 縦 約133cm幅 約31cm古い物となります。画面に少し巻きシワや、ヤケ、シミ等がありますが、鑑賞に影響するシワではないと考えていますが、神経質な方やご理解の無い方のご購入はご遠慮下さいませ。⭐︎古美術的には非常に状態が良いと思います。野口 小蘋 のぐち しょうひん弘化4年1月11日(1847年2月25日) - 大正6年(1917年)2月17日)は、明治期から大正期に活躍した南画家、日本画家。奥原晴湖とともに明治の女流南画家の双璧といわれた。名は親、字は清婉。同じく南画家の野口小蕙は娘。8歳のときに四条派の石垣東山に入門させた。文久2年(1862年)、16歳で画の修行のため父と北陸を数ヶ月にわたり巡遊。このとき福井藩の絵師島田雪谷から画の手解きを受けている。この北陸の旅の途次、父の春岱が客死。残された母を養うために慶応元年(1865年)に近江八幡へ遊歴し売画している。慶応年間(一八六五~六八)頃より、たびたび八幡を訪れている。その理由は、絵を売って家族の生計を立てるためと言われている。同じ頃、日根対山に 師事し、画業の研鑽に励むと共に、谷鉄臣、巌谷一六らと交流を持ったとある。 げんさん ぎょくざんじょし⭐︎この作品は、小蘋の若かりし頃に描かれたものである。「玉山女史」と落款があり、 「玉山」と号した時代の稀少な作品であり、小蘋と名乗る以前のものとして興味深い。なお、野口小蘋が「小蘋」と名乗った時期については対山に師事した慶応元年 (一八六五)、十九歳の頃と考えられているが、判然とはしない。ただし、木戸孝允の 日記に「女子小蘋」(明治元年六月九日条)とあるので、この頃には確実に名乗って いたと考えられる。英照皇太后に作品を献上し、皇室や宮家など御用達の作品を多く手がけた。明治22年に華族女学校画学嘱託教授を務め、明治35年には恒久王妃昌子内親王や成久王妃房子内親王の御用掛を拝命する。明治37年4月16日には女性初の帝室技芸員を拝命し翌年には正八位に叙せられた。明治40年(1907年)、文展審査員に選ばれる。#竹内栖鳳
| カテゴリー: | ホビー・楽器・アート>>>絵画>>>日本画 |
|---|---|
| 商品の状態: | 目立った傷や汚れなし","細かな使用感・傷・汚れはあるが、目立たない |
| 配送料の負担: | 送料込み(出品者負担) |
| 配送の方法: | 未定 |
| 発送元の地域: | 兵庫県 |
| 発送までの日数: | 2~3日で発送 |
レビュー
商品の評価:




4.5点(5707件)
- demodemo2699
- 初めての購入だったのですが、もう少し簡単な商品のほうが良かったかもです。でも、楽しく塗り絵しています。また、購入したいと思います。
- もむもむの木
- impactがあり、即購入したのですが、到着したら思った以上に存在感があり、素晴らしかったです☆ また、箱の中には手書きのpostcardと香りが入っており、お・も・て・な・しがステキでした p(*^-^*)q 最高の親のpresentになりました、ありがとうございました♪♪♪
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